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貧困層出身の英雄ZICO、富裕層出身の英雄Senna
今は亡きF1レーサー「Ayrton Senna」 、サッカーの神様「ARTHUR ANTUNES COIMBRA」の貴重な写真。
(※)ARTHUR ANTUNES COIMBRA(アルトゥール・アントゥネス・コインブラ) = ジーコ
セナが鹿島アントラーズのユニホームを着て、ジーコがセナのヘルメットを持っている。

これは大昔、ある関係者の方からもらった。
当時は、セナも健在だった。「セナプロ」と言われていた時代のセナとプロストの息詰る勝負は、今のF1では味わえないと思う。
 1994年サンマリノのイモラサーキット決勝で、ウィリアムズルノーに乗り、ポールポジションからスタートしたセナは、TOPのまま7週目のタンブレロコーナーで操縦不能でコースアウト。あの時の映像は今でもくっきりと脳裏に焼き付いている。。。ヘリからの映像、動かないセナ、何が起きているのかわからなかった記憶がある。あれ以来、F1を見る機会がめっきり減ってしまった。何故なんだろう。なにかワクワクできないのである。私はただのミーハーなファンだったのだろう。HONDAの参戦で日本がにわかF1ブームになっていたのもあるだろう。でも、一番の理由はセナがいたから見ていたのだろうと思う。

 そしてこの時、ジーコも鹿島で現役だった。ジーコとはニックネームで、本名はARTHUR ANTUNES COIMBRA (アルトゥール・アントゥネス・コインブラ)。ニックネームは、"アルトゥールズイニョ"→"アルトゥールズィッコ"→ズィッコ(ジーコ)と変化した。幼少期にはジーコになっていたようでる。そして、選手としては言うまでもなく神様である。ブラジル代表ではペレに続くゴール数。
 1981年12月のTOYOTA CUP、フラメンゴの一員として初来日したジーコ(28)は、リバプール相手に今試合全得点3点にからむ働きをみせる。MVPはもちろんジーコ。賞品はセリカ。確かXX(ダブルエックス)だった気がする。ここにその時のこんな裏話がある。
 「ジーコがトヨタの関係者にセリカの値段を聞いたんです。ブラジルの当時の通貨クルゼイロではいくらするか。それから、チームのマネジャーと話して、計算し始めた。セリカの値段と同等のカネを、ベンチ入りした選手のアタマ数で割った。MVPは自分一人でなったのではない。クルマは自分がもらうが値段分のカネは自分が用意して、みんなで分配するというのです。これには驚いた。めったにない考え方で、カネにはきれいな人間だなと関係者は感激していた」
いいお話ですね。
 今は日本代表の監督をしている。賛否両論だが、わたしはジーコの手腕を信じている。
周りでとやかく言うのは容易いが、実際に代表監督を出来るだけの能力のない私が何を言っても仕方が無い。とにかく信じるのみである。
2006年ドイツW杯に向けて、ぜひとも頑張っていただきたい。頑張れニッポン、頑張れZICO!
元の写真より縮小して画質も落としてあります。もし欲しい方がいらっしゃいましたらtsuruまでメールをください。